先日、ある共済組合の退職間近の人を対象としたセミナーで、「退職金の額が減るのですか?」と情報通の受講生から質問を受けました。今後のライフプランにも関係するので目は真剣です。
今のところ分かっているのは、退職所得課税制度の見直しが2023年骨太の方針~経済財政運営と改革の基本方針(令和5年6月16日閣議決定)に盛り込まれたと言うことだけ。
いつから、どのくらい変わるのかなど具体的時期や数字は示されていませんが、動向に注目しておきましょう。
背景に、働き方は大きく変化しており「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代になってきたこと。人口減少の中、年功賃金制で対応が難しくなり、①個人の学び直しによる能力向上支援 ②個々の企業の実態に応じた職務給の導入 ③成長分野への労働移動の円滑化の三位一体労働市場改革で賃金が上昇する仕組みづくりが急がれているからです。
今回は、注目の退職所得課税制度についてお話しします(三位一体の労働市場改革の指針)。
退職所得課税制度
勤務先を退職する際に受け取る退職金(小規模企業共済の共済金を含む)は退職所得として税金がかかります。退職日までに、勤務先に「退職所得の受給に関する申告書」を提出すると、退職金から所得税と住民税が源泉(特別)徴収され確定申告は不要です。申告書を未提出なら確定申告が必要となります。
現在の退職所得の金額 = ( 退職金の収入額-退職所得控除額 ) × 1/2
退職所得控除額は勤続年数により以下のとおり
勤続年数 | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × 勤続年数 |
20年超 | 800万円 (40万円×20年) + 70万円 × (勤続年数-20年) |
- ※ 勤続年数は1年未満の端数を切り上げ
- ※ 障害者になったことが原因で退職の場合は、100万円を加算
見直しは、勤続20年を境に勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ。
勤続期間が長く退職一時金が多い年控除額が多い人ほど、見直しで以下のとおり税金増に!
(年控除額はこれから検討なので現在未定)
退職一時金 2,000万円 |
退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 × (38年 – 20年) = 2,060万円 退職所得の金額 = (2,000万円 - 2,060万円) × 1/2 < 0 所得税0円 住民税 0円 所得税 + 住民税 = 0円 |
---|---|
退職一時金 2,500万円 |
退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 × (38年 – 20年) = 2,060万円 退職所得の金額 = (2,500万円 -2,060万円 ) ×1/2 = 220万円 所得税 = (220万円 ×10% – 9.75万円) × 102.1% = 125,072円 住民税 = 220万円 ×10% = 22万円 所得税 + 住民税 = 345,072円 |
退職一時金 2,000万円 |
退職所得控除額 = 40万円 × 38年 = 1,520万円 退職所得の金額=(2,000万円 -1,520万円) × 1/2 = 240万円 所得税 = (240万円×10% – 9.75万円) × 102.1% = 145,492円 住民税 = 240万円×10% = 24万円 所得税 + 住民税 = 385,492円 |
---|---|
退職一時金 2,500万円 |
退職所得控除額 = 40万円 × 38年 = 1,520万円 退職所得の金額=(2,500万円 -1,520万円) ×1/2 = 490万円 所得税 = (490万円 × 20.% – 42.75万円) ×102.1% = 564,102円 住民税 = 490万円×10% = 49万円 所得税 + 住民税 = 1,054,102円 |
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円〜194万9,000円 | 5% | 0円 |
195万円〜329万9,000円 | 10% | 9.75万円 |
330万円〜694万9,000円 | 20% | 42.75万円 |
695万円〜899万9,000円 | 23% | 63.6万円 |
900万円〜1,799万9,000円 | 33% | 153.6万円 |
1,800万円〜3,999万9,000円 | 40% | 279.6万円 |
4,000万円〜 | 45% | 479.6万円 |
- ※ 平成25年~令和19年まで復興特別所得税として、基準所得税額の2.1%が上乗せ課税
- ※ 住民税=課税所得金額×10%
<参考>勤続年数5年以下の法人役員等以外の退職金については退職所得控除額を控除した残額のうち30万円を超える部分について、1/2課税は適用しません(令和4年分以後の所得税)
退職金の相場
退職金には、退職時一時金で支払うもの(①)、退職後に年金で支払われるもの(②)があります。
①と②を併用している場合の方の金額が高いのが特徴です。なお、企業の規模、学歴、勤務間、業種、退職理由などで金額は異なります。
中小企業のモデル退職金
モデル退職金(学校を卒業してすぐ入社した方が普通の能力と成績で勤務した場合の退職金水準)をみると、定年時の支給金額は、高校卒が9940千円、高専・短大卒が9832千円、大学卒が10918千円。下表は、モデル退職金とその内訳を()内と「」内で更に詳細で示したものです。
学歴 | 勤続年数(年齢) | 自己都合退職 (千円) | 会社都合退職 (千円) |
---|---|---|---|
( )内は退職一時金のみの会社 「 」内は、退職一時金・退職年金併用会社 | |||
高校卒 | 10年(28歳) | 907 (878) 「993」 | 1,223 (1,188) 「1,329」 |
20年(38歳) | 2,729 (2,556) 「3,276」 | 3,284 (3,084) 「3,928」 | |
30年(48歳) | 5,325 (4,872) 「6,835」 | 6,046 (5,589) 「7,792」 | |
定年 | - | 9,940 (8,920) 「12,778」 | |
高専・ 短大卒 |
10年(30歳) | 987 (944) 「1,126」 | 1,269 (1,196) 「1,523」 |
20年(40歳) | 2,924 (2,688) 「3,702」 | 3,465 (3,182) 「4,438」 | |
30年(50歳) | 5,658 (5,121) 「7,350」 | 6,459 (5,846) 「8,485」 | |
定年 | ― | 9,832 (8,919) 「12,348」 | |
大学卒 | 10年(32歳) | 1,121 (1,074) 「1,243」 | 1,498 (1,424) 「1,708」 |
20年(42歳) | 3,431 (3,184) 「4,084」 | 4,147 (3,859) 「4,944」 | |
30年(52歳) | 6,536 (5,941) 「8,089」 | 7,542 (6,870) 「9,416」 | |
定年 | - | 10,918 (9,974) 「13,192」 |
※参照(2023年8月8日時点):東京都産業労働局 中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)を参考に著者作成
大企業のモデル退職金
職種・学歴・産業区分 | 勤続年数 (年齢) | 会社都合退職 (千円) | 退職金が多い産業(定年時) |
---|---|---|---|
事務・技術 (総合職) 高校卒 調査産業計 |
10年(28歳) | 2,142 |
建設 23,721 石油 24,894 機械 20,598 化学 19,930 |
20年(38歳) | 6,647 | ||
30年(48歳) | 13,679 | ||
60歳 | 19,252 | ||
定年 | 19,712 | ||
事務・技術 (総合職) 大学卒 調査産業計 |
10年(32歳) | 3,102 |
繊維 56,592 銀行・保険 45,294 商事 28,522 新聞・放送 26,430 車両・自動車 26,311 |
20年(42歳) | 9,531 | ||
30年(52歳) | 19,154 | ||
60歳 | 25,280 | ||
定年 | 25,639 |
※参照(2023年8月8日時点):中央労働委員会 令和3年賃金事情等総合調査(確報)より著者抜粋して作成
まとめ
働く環境が変わってきていることは誰もが感じつつも、退職所得課税制度の見直しによる支払いの増加は予想外の展開で、老後の資金繰りに影響することも考えられます。定年時の退職金が多い産業で働いている、定年が目前の方、定年まで時間がある方は、より堅実な老後マネーの見直しも迫られます。
転職が当たり前の時代、一度こけても起き上がる前向きな生き方を前提にどこでも通用するスキルと人間力磨きが益々求められる時代になってきました。