認知症で徘徊事故、家族に損害賠償請求の判決から
我が国は世界に類をみない速度で少子高齢化が進み、全国民の4分の1が65歳以上の高齢者。団塊の世代が75歳以上となる2025年(平成37年)以降は、さらに医療と介護の御世話になる人が増えると予想されます。そこで、国は、住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるように、2015年度から医療・介護などの支援を一体的に提供する「地域包括:ケアシステム構築」を実施するとしています。とは言いながら、増え続ける認知症高齢者と支える介護職の人材不足対策などは、遅遅として進まず前途多難です。支える側の高齢化も深刻です。
今回は、認知症の人を地域・家族で支える大変さを象徴する事故に対する判決をご紹介します。
【少子高齢化】
※社会保障と税の一体改革(政府広報オンライン)
徘徊事故で家族に損賠賠償約720万円求める ~ 名古屋地裁(2013.8.9)
認知症の男性(当時91歳)が線路内に入り、電車に跳ねられて死亡(2007年)し、JR東海は妻(当時85歳)と長男(当時63歳)に対し、列車の遅れなどによる損害約720万円の支払い★を命じました。男性は常に介護を要する状態、妻も要介護1、長男は横浜に別居、長男の妻が近くに引っ越して、義母と協力して義父の介護をしていたとのことです。男性に後見人はついておらず、長男が家族をまとめて介護方針など決めていました。妻と長男は、判決後の8.23に名古屋高裁に控訴しています。
【主に介護をしていた家族の関係図】
長男は日曜日など帰宅、長男の妻は、義父母近くに単身で住み介護
※年齢は当時、男性の他の3人の子どもは図では略
男性の妻に損害賠償360万円求める ~ 名古屋高裁(2014.4.28)
控訴審判決は1審判決を変更し、妻のみに約360万円の賠償を求めました。同居していた妻は男性の保護者なので介護・監督義務があるとしました。長男は長い間、別居しており監督義務なしとされました。かつ、JR東海側の施設管理などの不備なども考慮し、損害賠償金は半分に減額されています。上告は未定とのことです。
なお、JR東海側は名古屋高裁の控訴審判決を不服とし最高裁に上告しました。(2014.5.8)
改めて認識 ~ 在宅介護の負担の重さと支援者不足
国はできる限り、地域で医療と介護などの支援をする方針を立てて準備していますが、果たして理想どおりできるか疑問です。家族と専門家の善意に頼るばかりでは、必ずどこかにほころびがでそうです。
高齢者施設を訪問し介護の現実に触れて感じるのは、徘徊する認知症の人を自宅で見守るのは相当厳しいということ。一日の大半を眠っていたり、ぼんやりしたり、徘徊している高齢者は、暗証番号を入力して上下階に異動するエレベーターなどがある施設、多数の介護職員がいるからこそ、トラブルもおきにくく、見守ることも可能です。限られた家族しかいない在宅では、体力的・心理的にも限界があります。
あわせて、支援する介護職側の不足や不満もあります。事務職のように9時~5時の仕事でなく夜勤も多くある不規則勤務体制、仕事の大変さの割に他の職種より給与なども低く、結果離職率も高く職員不足も深刻です。
市場の景気も少し上向き世間の時給もあがりつつある今、ますます職員確保は難しくなりそうです。国の介護保險は、介護報酬の範囲内で報酬が決まるため、低目の給与の割に介護の専門職として高い倫理感と福祉的精神を求められるからです。
かつ、一般社会に比べ長く働いてもあまり給与が上がらないしくみになっています。一般社会で寿退社は女性が多いのですが、福祉の現場では男性にもあると言われる所以です。結婚して家族を養うには充分な報酬とは言えないのかも知れません。
【介護従事者の平均給与額 ※】(2013年9月時)
介護職員 | 看護職員 | 生活支援員・支援相談員 | 理学療法士・作業療法士等 | 介護支援専門員 |
276,940円 | 366,460円 | 319,840円 | 350,640円 | 333,380円 |
※平均給与額は、基本給+手当+一時金(4月~9月までの支給÷6月)
【介護従事者の平均基本給額 ※】(2013年9月時)
介護職員 | 看護職員 | 生活支援員・支援相談員 | 理学療法士・作業療法士等 | 介護支援専門員 |
177,090円 | 233,330円 | 209,770円 | 229,140円 | 214,190円 |
【介護職の勤務年数別の平均基本給額 ※】(2013年9月時)
1年以上 | 2年以上 | 3年以上 | 4年以上 | 5~9年 | 10年以上 |
158,540円 | 161,560円 | 164,580円 | 166,350円 | 175,880円 | 201,950円 |
※介護職員処遇改善の加算の届けを出した事業所における月給者の統計。
2013年度 介護従事者処遇状況等調査結果の概要
成年後見人受任者の立場から
地裁の判決では、長男が男性に後見人をつけず介護のことを決めており、男性の実質管理責任者として賠償責任があるとしました。仮に、長男が成年後見人になっていたら、または第3者が成年後見人になっていたら、成年後見人に損害賠償が求められるのでしょうか。
実際に成年後見人を受任している我が身としては、とても他人ごととは思えない判決です。 高齢者が増え続け、認知症になる人も増え続けており、成年後見制度の利用者も今以上に増えることが予想されます。成年後見人は親族でも専門職でもなることは可能です。今後はリスクを恐れ、徘徊する認知症などの後見人になった人が在宅で支援することを避けることも発生しそうです。トラブル発生の危機は、列車事故だけではありません。高速道路を逆走する車・交通事故で第3者にケガをさせる、本人の行方不明など様々です。
【65歳以上における認知症の現状】(平成22年時点の推進値)
※資料:厚生労働省
【認知症高齢者の行方不明者】(2012年警視庁)
行方不明の理由 | 疾病 | 疾病のうち、認知症の届けあり |
人数(全不明者に対する割合) | 15,397人(19.0%) | 9,607人(11.8%) |
せめて支援する家族の心を1つに、無理せずに
今回の件は、遺族の献身的な介護が報われなかった非常に気の毒な例です。但し、視点を変えればまた違った見方や意見もありそうです。おかれた立場で意見のわかれるところです。事故があった日の電車利用者の中に、当日大事な要件があった人もいたかも知れません。列車遅延によるJR東海側の損失も大きいでしょう。判断能力のない男性を監督する長男などにJR東海が経済的損害の請求せざるを得ないのも、利益を出さないといけない企業として無視できません。
在宅支援がよい・悪い、可能・無理だけでなく、これからは男性のようなことも起こりうることも視野に入れておく必要があります。支援する家族が壊れないように、無理しないことも長続きのコツかも知れません。ベストがいいに決まっているけれど、無理なときはどこかで折り合いをつけ決心することも大切です。本人に判断能力があるうちから、家族や配偶者などと本人の将来のありたい生き方やどこまで支援できるのか、方向性だけでも話し合い、意思と対策を共有しておくことが求められます。イザ介護のとき、支援する家族が迷い慌てないために、そして、お元気だったときの本人の意図と違う悩みを家族が抱え込まないために・・・。