もうすぐ定年を迎えます。
もう少し働きたいのですが、収入があると年金が減らされるのですか?
退職前後の手続きで注意すべきことはありますか?
鈴木 暁子先生 (すずき あきこ) プロフィール |
|
高橋 一郎さん(仮名 59歳 会社員)のご相談
来年定年退職を迎えます。年金だけでやっていけるご時世でないのはわかっていますし、まだ元気なのでできればもう少し働きたいと思っています。ただ収入があると年金を減らされると聞きました。どれくらいの収入であれば大丈夫ですか?
また、退職前後はいろいろ手続きすることが多いと会社からガイドされましたが、注意すべきことはありますか?
高橋 一郎さん(仮名 59歳 会社員)のプロフィール
|
無収入期間を無くすためにも働くことをおすすめします。
年金の減額を気にするよりも全体での収入増を目指しましょう。
年金の減額を気にするよりも全体での収入増を目指しましょう。
1. 在職老齢年金はケースバイケース。必ず減額というわけではありません
高橋さん、こんにちは。あと1年で定年退職とのこと。本当にお疲れ様です。おっしゃるとおり今後は年金だけで生活できる時代ではありません。このご時世で無事定年まで勤め上げられるのは、ライフプラン上大きなメリットです。高橋さんの仕事に対する努力の賜物ですね。またご健康で就業意欲もおありとのこと。家計改善につながるだけでなく、心身ともに若さを保てる何よりの秘訣だと思います。お仕事ができる環境であればぜひ続けてください。
さて、高橋さんの年金支給開始年齢は61歳からとなります。
生年月日別の年金支給開始年齢はこちらでご確認ください。
従って、高橋さんが働かない場合は、61歳までは何も収入が無いことになります。無収入の期間は貯金を取り崩しながらの生活になってしまいますから、それを避けるためにも働かれることは必要でしょうね。
60歳以降働く人には、在職老齢年金という制度が適用されます。
在職老齢年金制度の対象になるのは、60歳を超えて厚生年金に加入している人です。正社員だけでなく、勤務日数と勤務時間が正社員の概ね4分の3以上あると、勤務形態にかかわらず厚生年金に加入することになります。したがって、再雇用や転職で会社勤めをする人はほとんど対象者(厚生年金に加入)ということになります。
この制度は60歳以上で厚生年金に加入して給与収入を得ながら、年金も支給される制度ですが、給与と年金の合計が一定額を超えると、年金の一部または全部がカットされます。60歳以降で仕事をしようという方は皆さんこの制度を気にされますので、まずはこの制度を理解しておきましょう。
まず、対象であるからといって必ず年金が減額されるわけではありません。
算出基準となるのは年金の基本月額と総報酬月額相当額です。
- 基本月額:加給年金を除く特別支給の老齢厚生年金の月額(後出の図2参照)
- 総報酬月額相当額:その月の標準報酬月額+その月以前1年間の標準賞与額合計の12分の1
減額分の算出は以下のとおりです。
- 基本月額+総報酬月額相当額 ≦ 28万円
⇒ 年金全額支給 - 基本月額+総報酬月額相当額 > 28万円
⇒ 基本月額-(総報酬月額相当額+基本月額-28万円)÷2
在職老齢年金支給の例
たとえば基本月額10万円の場合、総報酬月額相当額によって以下のような違いとなります。
- 16万円+10万円≦28万円 ⇒ 年金全額支給
- 20万円+10万円>28万円 ⇒ 10万円-(20万円+10万円-28万円)÷2=9万円
- 38万円+10万円>28万円 ⇒ 10万円-(38万円+10万円-28万円)÷2=0万円
基本月額や総報酬月額相当額はケースバイケースですが、336万円(28万円×12月)は一つの目安となるでしょう。ただし仮に多少減額されたとしても、厚生年金の加入期間が増えますので将来もらえる年金も増えます。また、減額される以上の給与を得られるのであれば、思い切ってしっかり働いても良いのではないでしょうか?いずれにしても目先の損得だけでなく、長い目で見た世帯収入で検討しましょう。
2.収入が大幅にダウンした場合は、雇用保険からの給付制度もあります
定年退職後の収入は、現役時代に比べダウンするのが普通ですが、
- 5年以上雇用保険に加入している60歳以上65歳未満の方
- 60歳以降の給料が60歳時点での給料の75%未満にダウンした
など要件を満たすと、雇用保険からそれをカバーする給付金が支給されます。
失業手当をまったく受け取らずに継続雇用あるいは再就職する方向けには「高年齢雇用継続給付金」が、失業手当を一部受け取った後に再就職する方向けには「高年齢再就職給付金」が支給されます。
支給額
60歳以上65歳未満の各月の賃金が60歳時点の賃金の
- 61%以下に低下した場合は、各月の賃金の15%相当額
- 61%超75%未満に低下した場合は、その低下率に応じて、各月の賃金の15%相当額未満の額
例)
60歳時点の賃金の月額:30万円
60歳以後の各月の賃金:18万円(60%に低下)
⇒1か月当たりの賃金18万円の15%に相当する額の2万7千円が支給される
支給期間
高年齢雇用継続給付金: | 被保険者が60歳に達した月から65歳に達する月まで |
高年齢再就職給付金: | 60歳以後の就職した日の属する月(就職日が月の途中の場合、その翌月)から、1年又は2年を経過する日の属する月まで(ただし65歳に達する月が限度)。 ※失業給付の給付日数の残によって1年又は2年 |
高年齢雇用継続給付金は5年間支給されますが、高年齢再就職給付金は1年又は2年です。失業給付を一部でも受け取ってしまうと高年齢雇用継続給付金は受けられないので、65歳くらいまで働くつもりであれば、高年齢雇用継続給付金を給付されるほうがおトクなケースが多いと思われます。また、これらの給付は非課税であることも大きなメリットです。
ただし高年齢雇用継続給付金を活用するには、2か月に1度、支給申請書を提出しなければいけないので注意してください。
3.年金の支給開始時期を遅らせれば年金額を増やせます
ではキャッシュフローを見てみましょう。高橋さんの家計は、現在の貯蓄1,500万円に加え、退職金が約2,000万円。住宅ローンの一括返済をしても定年時点で約3,200万円の貯蓄がある予定です。さらに高橋さんが65歳まで働き、奥様もパートを続けるということであれば、家計改善につながります。またさらに安心度を高める方法として、年金の繰り下げ受給という手もあります。
繰り下げ受給は65歳からもらえる年金を遅らせて受給することで、年金額を増額できる制度です。1年以上1か月単位で遅らせることが可能です。
高橋さんご夫婦のケースでは本来であれば以下のような年金受給となります。
本来年金は65歳からの支給ですが、厚生年金加入者は老齢厚生年金の一部を65歳前から受け取ることができます。これを「特別支給の老齢厚生年金」といいます。特別支給の老齢厚生年金は「定額部分」と「報酬比例部分」に分かれており、それぞれ加入者の性別や生年月日によって支給開始年齢が違ってきます(ただし男性では1949年4月2日以降、女性では1954年4月2日以降の生まれの方には定額部分はありません)。
また、特別支給の老齢厚生年金(定額部分)か、定額部分がない世代は老齢基礎年金がもらえる年齢から、配偶者が65歳になって配偶者自身の老齢基礎年金がもらえるようになるまでの間、「加給年金」と「特別加算」という手当も併せて受け取れます。
奥様が65歳になると高橋さんに支給されていた加給年金と特別加算はなくなり、代わりに奥様に「振替加算」という手当がつきます。整理していくと以下のとおりです。
高橋さんの場合は、
61歳~64歳:特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
65歳~68歳:老齢厚生年金、老齢基礎年金、加給年金、特別加算
69歳~:老齢厚生年金、老齢基礎年金
が受け取れるというわけです。
奥様についても結婚前に会社員として厚生年金に加入しておられましたので、額は少ないものの老齢厚生年金をもらう資格があります。
60歳~64歳:特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
65歳~:老齢厚生年金、老齢基礎年金、振替加算
を受け取ることになります
さて、話を元に戻して年金の受給開始時期を遅らせるとどれだけ増額されるかということですが、1か月遅らせることで0.7%増えるので、1年繰り下げると8.4%の増額です。運用で毎年8%以上コンスタントに収益を上げることを考えれば、繰り下げ受給はノーリスク。検討できるのであればお勧めです。
繰り下げ受給の注意点は、繰り下げた年齢から11.9年後が損益分岐点となるので、それ以前に亡くなってしまった場合は損ということになりますが、寿命ばかりはなんともいえません。また、繰り下げている間は加給年金などももらえません。
手続き上の注意としては、繰り下げたい時期までの裁定請求を保留する手続きだけでなく、受給開始時に再度裁定請求をしなくてはならないので、忘れないようにしましょう。
ご参考までに、現状の条件で60歳以降の家計の推移をキャッシュフロー表にしてみました。
また、1年間繰り下げ受給をしたものも併せてご覧ください。
キャッシュフロー上でもおわかりのように、損益分岐を超えると、長生きするほど差が大きくなっていきます。通常支給の場合でもとりあえず貯蓄が枯渇してはいませんが、その他支出に盛り込んだものは、ご希望とされている旅行などのレクリエーション費用です。今後家の修理や車の買い替え、医療費などもかかりますので、決して余裕な数字とはいえません。ここにできるだけ予測できる支出を盛り込むと、より現実に近い数字となりますので、ぜひ加筆してみてください。
ここまでは家計上可能かどうかをお伝えしました。ただ、繰り下げ受給はお金の面だけで決めてよいものでもありません。高橋さんがご希望されているように、元気で体力のあるうちにできるだけご夫婦で旅行などに行きたい場合、後々よりも先にお金を使いたいわけです。損益分岐を超えてからはむしろ遠出やお金がかかる活動が控えめになってくることを考えると、必ずしも繰り下げ受給が良いとは限りません。そのあたりもご夫婦でよく話し合い、金銭面とライフプラン両面で検討してください。
4.退職前後に考えることはいろいろ。今から準備をしておきましょう
会社からもガイドがあったように、退職前後はいろいろ必要な手続きがあります。一番最初に考えることは、退職金のもらい方と健康保険加入ではないでしょうか。
退職金は会社にもよりますが、一時金でもらうのと、年金として分割してもらう方法があります。それぞれメリットが違うので一概にどちらが有利とはいえません。
- 一時金タイプは退職所得控除が使えるので税の面で優遇される。
- 年金タイプは原資を企業が運用しているので、予定利率が高い時は有利。
現在のような低金利では予定利率は低く妙味はありませんが、かといって一時金でもらっても自分では運用しきれない、分割のほうが計画的で良いという意見もあります。現実的には一時金と年金と組み合わせる方が多いようです。
健康保険については、継続雇用または再就職されるのであれば、会社の健康保険制度に加入することになりますが、働かないあるいはパートなどで会社の健康保険に加入しない(できない)場合は、自分で選ぶことになります。
選択肢としては
- それまで加入していた健康保険に任意継続する。
- 国民健康保険に加入する。
- 家族の被扶養者になる。
の3つがありますが、3.の場合は「年収180万円未満」かつ「家族によって生計を維持されている」の用件が必要ですので、高橋さんの場合は収入用件を満たせないと思われます。
任意継続か国民健康保険の選択となると、給付の面で手厚いのは会社の健康保険です。また会社では独自に上乗せの給付があるところもあります。ただし任意継続は2年で終了してしまうため、その後は国民健康保険か家族の被扶養者の選択となります。
最後になりますが、退職前後の手続きは年金、健康保険、雇用保険など、社会保険関連が多いのが特徴ですが、社会保険は保険料や給付金など毎年見直すものも多いことや、人によってケースバイケースで非常に複雑です。また、一度申請(選択)すると後戻りできないことが多いので、会社の福利厚生部門や、最寄りの年金事務所などで十分ご相談されて決めてください。
一線を退かれた後も社会とのつながりを持ち、ご夫婦で生き生きと楽しいセカンドライフを過ごしていかれますよう願っております。