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退職金や年金の上手な受け取り方は?
鈴木 暁子先生 (すずき あきこ) プロフィール |
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久保谷 俊一さん(仮名 55歳 会社員)のご相談
55歳の会社員です。
現在の会社に入社し、ここまで何とか無事に勤めあげてきました。子どももすでに就職しており、住宅ローンも2年後に完済予定です。
あとは自分たちの老後を考えていきたいと思っています。60歳で退職予定ですが、退職金の受け取り方に選択肢があることを、恥ずかしながら最近知りました。どのように受け取るのが一番良いのでしょうか。また、年金も支給を繰り上げたり繰り下げたりできるようですが、最近では支給年齢引き上げなどのニュースもあり、早く受け取っておいたほうが良いでしょうか?退職金はどのように運用していけば良いでしょう?
思いつくままで申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
久保谷 俊一さん(仮名 55歳 会社員)のプロフィール
(単位:円)
※時価 |
退職後の生活費と年金との収支をシミュレーションして
まとまったお金の使い方を選択しましょう
まとまったお金の使い方を選択しましょう
1.企業年金の受け取り方は、会社の制度をしっかり確認。 ライフプランや予定利率など事前のシミュレーションも必要です。
久保谷さん、こんにちは。30年以上の勤務を無事に過ごしてこられたとのこと、社会人の先輩として敬意を表したいと思います。
久保谷さんの家計は、ご子息も経済的に独立され、住宅ローンのメドも立っていますので、退職時期までに大きな支出をする必要はなさそうです。人生で2度の貯め時のうち、これが最後のチャンスですので、できる限り貯蓄を増やしておきたいところです。
また、退職まで数年となると、やはり退職金や年金がにわかに現実的なものになってきます。あらかじめ制度を理解して、退職時までに必要な準備を進めておくことが重要です。
さて、久保谷さんがおっしゃる「退職金の受け取り方」ですが、厳密に言うとこれは「企業年金」の受け取り方です。企業年金制度では一般的に3つの受け取り方があります。
- 退職時に一時金として一括で受け取る(これがいわゆる退職金と言っているものです)
- 年金として分割で受け取る
- 一部を一時金として、残りを年金として受け取る
一時金として受け取る場合のメリットは、「退職所得控除」が受けられ、税の負担が軽減できます。
【退職所得控除】
勤続年数 | 退職所得控除 |
20年以下 | 40万円×勤続年数(最低80万円) |
20年超 | {70万円×(勤続年数-20年)}+800万円 |
課税対象額:(退職一時金額-退職所得控除額)×1/2
例)23歳から60歳まで勤続38年の人が、2,500万円の退職一時金を受け取った場合
所得控除額:{70万円×(38年-20年)}+800万円 ⇒ 2,060万円
課税対象額:(2,500万円-2,060万円)×1/2 ⇒ 220万円
逆に年金として受け取る場合は、一時金として受け取る額を運用しながら取り崩しているので、一時金で受け取るより総支給額は多くなるのがメリットです。
ただし、年金の受取期間も終身から有期まで会社によっても異なるため、ご自身の会社の制度を確認してください。
考え方としては、一時金で非課税限度となるギリギリまで受け取り、残りを年金として受け取るのが効率的といえますが、ライフプラン上まとまったお金が必要であったり、自分で運用したいのであれば、一時金を多めにすると良いでしょう。
年金で受け取る場合は、公的年金と合わせ、あまり年金収入が多くなると現役並み所得とみなされ、医療費の個人負担などが重くなったりすることもあります。また予定利率が低いと運用してもさほど増えないということもあり得ます。
退職までまだ数年ありますから、それまでに会社の制度やご自身のライフプラン、退職後の資産や収支の見直しなど、できることをまず着手し、間近になって年金額などがより具体的になったところで試算してみると良いでしょう。
2.年金受給の繰り上げ、繰り下げはさまざまな注意事項を理解した上で行いましょう。
現在、公的年金の支給開始年齢は生年月日によって違います。以下の図をご覧ください。
久保谷さんは昭和31年7月生まれですので、62歳時から老齢厚生年金の報酬比例部分が受給開始、65歳時から老齢厚生年金および老齢基礎年金が支給開始となります。
ちなみに62歳時、65歳時に受け取れる年金見込み額は、年金定期便で確認できます。
【久保谷さんが受け取れる年金】
この65歳時から受け取れる年金の支給開始時期を、早めたり遅らせたりするのが繰上げ支給、繰下げ支給で、支給開始時期によって支給率が変わるということがポイントです。
繰上げ支給の場合、1ヶ月単位で最大60歳まで開始を繰り上げることができますが、1ヶ月ごとに年金支給額は0.5%ずつ減額されます。逆に繰り下げる場合は66歳から1ヶ月ごとに0.7%ずつ増額されます。ご参考までに1年単位で見ると、およそ以下のような支給率となりますので目安にしてください。
【繰上げ、繰下げ支給率】
この支給率は生涯ずっと変わりません。そのため、久保谷さんからもいただきましたが、よくご質問を受けるのが「どちらが得か?」。
これはいつ亡くなるか、どれくらい長生きできるかにもよるため一概には言えませんが、長生きに自信があるようであれば、繰上げ受給をすると総受取額では損をしてしまう可能性も。
実際には月単位の算出ですし、個々のケースの判断は最終的に年金事務所で確認した上で検討しましょう。
ただし繰上げ支給を選択する際は損益だけでなく、以下の注意点があります。
繰上げ支給されている間は、
- 久保谷さんが事故などで障害状態になったとしても障害年金が受け取れない。
- 久保谷さんに万一のことがあっても、奥様が繰上げ支給の年金と遺族年金の併給ができない(どちらか選択)。
など、シビアなデメリットもあります。
ちなみに久保谷さんの場合は、報酬比例部分が受け取れる62歳時までは若干の無収入期間が発生しますが、その間貯金を取り崩しても老後も赤字になる心配がなさそうです。特に目的などがないのであれば、敢えて繰り上げ受給を選択する必要性は見つかりません。
3.退職後、運用ありきで検討するのは危険。あくまで確実な方法をとりましょう。
現役時代は大きな収入もありましたから、資産運用で損益の動きがあってもリカバリーできるのですが、年金中心の生活であれば極力リスクは避けたいもの。それにもかかわらず、退職金を手にすると、「何かに投資しないと罪」のような気持になる方が大変多いのです。
まずは1年間、”退職後の生活”をじっくり経験してください。すると現役時代とはお金をかけるところが違うことに気付くでしょう。その結果生活費も違ってくると思います。それをもとに再度キャッシュフロー表を作成してみると、実際にどれくらいの過不足があるのかが見えてきます。そこで初めてどれくらい増やす必要があるのか目標が決まるのです。
今回のキャッシュフロー表ではかなりゆとりのある結果となっています。一般生活費以外の支出は見込まれていないため、車の買い替えや、海外旅行など、現実的なプランとするにはもう少し具体的にライフイベントを落とし込んでいく必要があります。ただし、退職後の生活費(現在の生活費の8割と仮定)が年金見込み額とほぼトントンというのは、一時的な支出はあったとしても、恒常的に生活費が赤字にならないということ。
このような家計であれば、退職後にリスクを負って運用するよりも、退職までにできるだけ貯蓄を増やす、あるいは退職後パート程度でも良いので就労で収入を得ることを目指せば、より早く確実です。
また現在の貯蓄状況を見ても、外貨MMF、投資信託、純金積立などで400万円。全資産の3分の1近くを価格が変動する商品で保有していますので、ポートフォリオの面からみても、これ以上投資性の商品の割合を増やすことは控えたほうがよいでしょう。
先ほどの繰下げ受給を考えてみましょう。
1年間支給を遅らせれば約8.4%年金額がアップします。今どき1年間預けて8.4%の運用益を上げるのはリスク商品でもない限り困難です。それがある意味ノーリスクで実現できますよね。
このように退職後は、税金や年金、保険など、制度を上手に活用することで運用の代替をするという発想をしていきましょう。選択肢がグンと広がります。