孫への教育資金の贈与が非課税になる制度、 どのような点に注意すべきですか?


孫への教育資金の贈与が非課税になる制度、
どのような点に注意すべきですか?

井上 信一先生 (いのうえ しんいち) プロフィール
  • 当事者間で贈与する金額の総額や各々の資金用途をよく話し合いましょう
  • 贈与時や教育費等の支出時のルールをきちんと理解しておきましょう
  • 本人の希望より制度活用が優先されて本末転倒にならぬよう気を付けましょう

草薙 葵さん(仮名 40歳 主婦)のご相談

夫と2人の子との親子4人で暮らしています。先日、子どもの教育費のために夫の親が贈与をしてくれるとの話がありました。義父が金融機関から、「いまなら1,500万円の贈与税が非課税になる」と聞いてきたようです。新聞やテレビでこの話題は見聞きしていましたが、いざ自分の家族のことになると色々と不安です。そもそもどのようにして贈与資金を受ければよいのでしょうか?また、何か注意点等はありますか?

草薙葵さん(仮名 40歳 主婦)のプロフィール

家族構成
本人 : 40歳 主婦
夫 : 44歳 会社員
長男 : 12歳 小学生
次男 : 9歳 小学生
※夫の両親とは別居で生計も別だが、父親(75歳、無職)、母親(72歳、主婦)とも健在。また、妻の両親も健在

制度を活用しなくても子や孫への資金援助は可能。
性急に決めてしまうことは避けましょう。

草薙さん、ご相談ありがとうございます。ご主人のお父様も、やはりお孫さんは目の中に入れても痛くない存在のようですね。
さて、ご相談中にもあるのは、平成25年度税制改正で時限的に創設された「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」という制度です。かねてより動向が注目されていましたが、今年4月にスタートするや、利用額の多さもさることながら問い合わせまでを含めた反応は大きく、驚くほど多くの方が関心を寄せているようです。
ただし、実際に利用されるか否かは、よく考えてから行うのが望ましい点もあります。贈与して頂ける方のお気持ちを尊重しながらも、双方で話し合う機会をつくるため、制度の仕組みや留意点等を充分に知っておきましょう。

非課税措置の制度の概要

制度説明の前に、基本的な相続税と贈与税の関係から整理してみましょう。
まず、亡くなった個人から親族等へ引き継がれた遺産等は相続財産となります。その評価額が一定額を越えると財産を引き継ぐ親族に対し相続税という税金が発生します。一方、生前に個人から個人に移転された資産等は相続税の補完制度である贈与税の対象財産となります。贈与税は、財産を生前に親族に移転して相続税を免れようとする行為の抑止措置にもなっていますので、一般的に相続税より高い税率が課せられます。このとき、1年間で110万円を越える贈与、所定の非課税特例措置に該当しない贈与、一般的生活慣行等に当てはまらない贈与等の際に、贈与を受ける方(受贈者)にかかる税金が贈与税です。たとえ親族間であっても、贈与税の課税対象になると重い税金を負う可能性がありますので注意したいところです。
しかし、一定要件を満たす婚姻関係のある夫婦間での居住用不動産やその取得資金の贈与、父母・祖父母から住宅取得資金の贈与を受けた場合などの非課税特例措置に該当すれば一定金額までは贈与税がかかりません。「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」もそういった特例措置の1つです。

さて、この制度の内容ですが、子・孫・ひ孫等が直系尊属から将来の教育資金用等として前渡しの一括贈与を受ける場合であっても、後々学校などに支払う費用であれば1,500万円を限度贈与税が非課税となるものです。このうち500万円までは塾や習い事など学校以外の費用であっても対象になります。贈与をする側(贈与者)である直系尊属とは両親・祖父母・曾祖父母等であれば年齢は問われませんが、非課税となるのは贈与を受ける受贈者(子や孫等)が30歳未満で支払われるものに限られます。また、養父母から子への贈与のほか、養子縁組関係にあれば受贈者の配偶者の両親・祖父母等からの贈与も対象になります。草薙さんの場合、2人のお子様各々に1,500万円まで、ご両親や双方の祖父母からの贈与が対象となります。

非課税措置を利用する場合のルールと注意点

非課税となる財産は教育費等の支払いを直接賄う金銭等に限られますので、例えば不動産等を贈与して売却資金を教育費に充てる等の場合は対象にはなりません。また、利用する際には決められたルールに沿って行う必要があります。以下の概略図と補足の説明をご参照下さい。

1.贈与をおこなうときのルール

贈与時期は2013年4月1日から2015年12月31日までの間に行わねばなりません。さらに贈与資金は所定の金融機関等で一定の手続きを経た受贈者(草薙様の場合お子様、以下お子様)名義の口座を開設する必要がありますが、その口座は1金融機関、1支店、1口座としなければなりません。とはいえ実際は、各金融機関ともわかりやすい愛称で制度専用の金融商品が販売されていますので、期間内に子・孫等1人につき1つの金融商品にお金を入金する、という点のみおさえておけば、あとはその金融機関の窓口で必要な手続きや添付書類等を説明してもらえます。なお、該当する金融機関等とは以下の3つに大別できます。

  • 信託銀行・信託会社等を利用する場合
    親・祖父母等(信託の委託者)と信託銀行等(信託の受託者)とで子・孫等を受取人(信託の受益者)とする「教育資金管理契約に基づく信託」を設定します。通常はこの制度専用の金銭信託商品等で資金を管理することになります。
  • 銀行等を利用する場合
    親・祖父母等と子・孫等とで書面による金銭の贈与契約を結び、その2ヵ月以内に贈与された金銭を子・孫等が自分名義で「教育資金管理契約に基づく金銭を預金等として預入する」預貯金口座に資金を預け入れます。通常は各行とも制度専用の預貯金口座を設けていますので、そこに資金を預け入れることになります。
  • 証券会社等を利用する場合
    親・祖父母等と子・孫等とで書面による金銭の贈与契約を結び、その2ヵ月以内に贈与された金銭等(MMFやMRF等)を子・孫等が自分名義で「教育資金管理契約に基づく証券口座」にて有価証券を購入します。また、親・祖父母等の証券口座から子・孫等の証券口座へ有価証券が振り替えられた場合もこれに該当します。

贈与時の注意点としては、上述のとおり、お子様1人につき1口座となります。期間内なら追加入金は可能ですが、原則として中途解約はできませんので、金融機関や金融商品の選択は慎重に行いましょう。また外国所在の金融機関や国内金融機関の外国支店での口座開設は対象にはなりません。さらに、複数の方から贈与を受ける場合であっても、お子様1人に対して1,500万円までが限度額ですので、ご主人様の祖父母だけでなく奥さま側の祖父母が後から贈与を希望されたとしても、その合算額が限度額を越えないよう調整する必要があるでしょう。

なお、本来の贈与契約とは、贈与者と受贈者双方が贈与の意思確認をすることが前提となりますが、この制度は判断能力に乏しい小さなお子さんやお孫さん等への贈与であっても、親権者等の代理人が必要書類の提出さえすれば認められるものと考えられます。また、このような非課税措置を適用させるためには受贈者が所轄税務署へ確定申告する必要があるのですが、この制度ではそういった煩わしい手続き等を金融機関が代行してくれるので便利です。

2.資金を引き出すときのルール

金融機関が代行して非課税措置適用の旨をエントリーした専用口座は、お子様が30歳に達する(または死亡する)と終了し、残高はその時点での税制に基づく贈与税の課税対象となり、お子様本人が確定申告により納税することになります。つまり、贈与税の負担を避けるためにはその期限までに使い切ることが大前提といえます。
とはいえ将来の贈与税の税率や教育資金の水準は予想できませんし、どのような進学コースをご本人が選ぶのかによってもかかるお金の額は千差万別です。現在の水準で考えると、中学や高校から私立に進学し、大学までの学校教育費や学校以外の塾や習い事等までを含めれば1,000万円程度はかかる可能性は高いといえますが、贈与税発生の有無のみに気を取られ、肝心なご本人の意思をないがしろにするのは本末転倒であり避けねばなりません。この制度で一番憂慮すべき点といえるでしょう。

草薙さんのお子様は、お2人ともまだ将来のことは定まらぬ年頃ですよね。目先の合理的思考には走らず、「余ったら余ったで仕方ない」と割り切って頂くとともに、贈与を受ける金額についても、義父様等の老後生活に必要な資金との兼ね合いで決めて頂けることを願っております。

なお、実務的には教育費等の支払いが生じるたびに適宜口座から出金できるのですが、受贈者であるお子様等が対象となる出費に対する領収書やこれに準じる証明書等を金融機関に提出しなければなりません。いったん支払った後に口座から出金する場合は支払から1年以内分をまとめて領収書等を提出すれば大丈夫ですが、予め教育費等の支払日以前に金融機関から出金する方法や金融機関に直接支払いを依頼する方法も認められています。領収書等の証明書類は原本の提出が原則ですが、ケースバイケースでその代用書類も認められますので、都度、金融機関の窓口で確認するのが良いでしょう。

また、対象金融商品が一般的に預貯金タイプの商品なので意識されにくいですが、口座内で発生した利子や運用益等は通常の金融商品と同様に所得税・住民税の課税対象となります。最大30年ほどの長期に及ぶ預入・運用期間になるわけですので、限度額めいっぱいまで設定してしまうと、高額の利子や運用益が出て、上限額を超える額が贈与税の対象となる可能性もあります。逆に損失が発生した場合ですが、当初口座に入金された金額に対して減ってしまった額を領収書等で使途として証すことができませんので、理不尽にも感じますがその元本欠損額も贈与税の課税対象となります。そういう点を考えると、リスクのある金融商品でこの制度を利用するのは避けるのが無難といえるでしょう。

3.対象となる教育費等の範囲

この制度の対象となる「学校教育費等」とは、保育所等から国内外の大学院等までの間に生ずる入学試験代、入学金、授業料、施設整備費、学用用品、遠足・修学旅行費、学校給食費、寮費等でその学校等に支払いが生ずる費用が該当します。また、このうち500万円まで対象となる学校外費用としては、学校指定業者等に支払う教科書等の学校教材費等や制服等の学用品等のほか、PTA会費、遊戯等を目的とする以外の塾や各種習いごとのための費用、それに必要とされる物品購入費等が対象となります。ですが、寮費等以外の下宿代のほか、留学のための渡航費や滞在費等は適用対象外となります。

※対象となる教育費等の詳細は、下記をご参照下さい。
国税庁HP
http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/joho-zeikaishaku/sozoku/130401/pdf/130401_01.pdf
文部科学省HP
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2013/07/08/1337560_1_1.pdf

最後に

扶養義務関係にあるお子様やお孫様への生活資金や教育資金などに対しては、その必要性の生じるつど資金等をあげても、一般生活における慣行として贈与税の対象にはなりません。また、定期的な連続した贈与とみなされなければ、必要なときに受贈者が年間110万円までの金額を受け取っても贈与税はかかりません。「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」はこういった通常の贈与と重複して利用することもできますが、場合によってはこの非課税措置をあえて利用しなくても、充分、資金援助をおこなう術はあります。
この制度のポイントは、例えばお孫さんに高額の教育費がかかる前に祖父母が死亡して相続税が生じてしまう場合や、祖父母が認知症等により判断力が無くなる前に、ご自身の意思により前払で贈与しておきたい場合にのみ有効な方法と考えることもできます。
ですので、やみくもに利用しなければ損をする、という類の制度ではないと考えます。

また、祖父母の方から頂いたお金は、ご両親にすれば本来捻出しなければならない子の教育資金等が浮くことにほかなりませんので、実質的には「祖父母から孫」でなく「親から子」への資金支援ともいえるでしょう。

親(祖父母)世代の方は、基本的に年金収入で生活を支え、蓄えられた財産で今後の老後の介護医療費等を賄う必要性に直面しています。その方々から子世代に支援をして頂ける気持ちは充分に尊重することはもちろんです。ですが、制度上の実務的なルールがあるからではなく、孫世代にあたるお子さんが自分への教育的投資を行う際に、その資金の源である方への感謝の気持ちをつど感じるよう、ご両親がしっかりと伝えていくことが、この制度を利用する上でもっとも大切な視点であるように思われます。