第11回:アリとキリギリスの年金入門 実験授業のレポートと評価 ~公的年金問題を授業化する~


年金問題を授業化することの意味

「不明の年金記録5000万件」と報道され、日本の年金制度のあり方が国民の重大な関心ごととなりつつあります。昨年の流行語大賞に「消えた年金」がトップテン入りするほどでした。

子どもたちも、大人の話題やニュースを見聞きするなかで「年金問題」に興味を持つようになってきました。でも子どもたちの知識は当然ながら断片的にすぎません。とはいえ、複雑な仕組みの年金制度を理解させることは決して容易ではありません。学校の授業実践例も、そんなに多くはないようです。しかし、公的年金は将来の自分たちのライフプランと関わる重要な制度ですから、そういう意味でも、子どもたちが公的年金制度とその歴史を理解し、それを踏まえて、理想の年金制度づくりについて考えさせる授業を行うことは意義深いはずです。

このように考えた中学校の社会科教師の奥田修一郎さんは年金授業実践を試みました。

「年金の授業は2~3時間で終わらせるつもりだったのですが、公開授業にして、専門家を含むいろんな方からアドバイスを受けつつ修正したりしているうちに、想定していた以上に充実した内容となりました。

社会の正義の働き方に対して革新的な解釈を見出したアメリカの哲学者ジョン・ロールズの『正義論』にある「無知のヴェール」(自分自身の社会における位置や立場について知らないと仮定して、「正義」とは何かを考える)をヒントとするワークショップを取り入れたりして、結果的に、授業時間数は倍になりました。

お金をどう使うのかという経済教育を越えて、制度設計のあり方について考えるというところまで発展しました。授業をしての手応えは、あの手この手でやったのがよかったのか、生徒たちに熱心に受け容れられ、どんどん深まっていくという感じの授業になりました。最後の方になると、何人かの生徒はヨーロッパの年金制度を調べてきたり、民主党と自民党の年金案を比較したり、その善し悪しを述べる生徒も出てきたりしました。

授業を全部終えた後、聞いてみると、結構、制度設計に興味と関心を抱いた子が多かったようです。」

年金授業を実践した奥田先生はこう振り返っておられました。その興味深い年金授業を暗中模索のうちに、計画し実践するまでのプロセスについて、奥田先生にお伺いしました。

年金学習指導を計画

1.知識の吸収・課題の整理

1)年金受給者など身近な人からの聞き取りをしたり、新聞記事を切り抜いたり、テレビのニュースを見たりして、公的年金に関心をもたせたうえで、一ヶ月以上の期間をかけて、じっくりと調べさせる。 調べたことをグループで発表させたり、年金報道番組を視聴しながら、番組の製作意図を考えるきっかけも与える 。

2)公的年金の制度を理解させるために、方法としては、説明や資料の読み込みに頼るのではなく「なぜ?」「本当に?」という疑問が生まれやすいような発問を工夫する。そしてグループ間のディベー トを行う。

現状の制度の具体的仕組みだけではなく、月々の保険料、支払い期間、受給年齢、受給金額などにも触れ、制度を支える「理念」について理解させる。ここでは、ゲストティーチャーとして社会保険庁の職員を講師に招き、実務的な話を聞く機会を設ける。おおまかに制度を理解したところで「君たちは二十歳になったら年金を払う?」という問いかけをする。「払う」と答えた子と「払わない」と答えた子の二つのグループに分け、ディベートをさせる。

3)公的年金と私的年金、そして貯金との違いを具体的な数字を使って理解させる。また、年金の歴史的経緯についての理解をも深める。説明調になりやすいが、クイズを行いながら年金の種類についても触れる。ただし、あまり深入りはしない。

2.検討・議論

1)多様な価値観が存在することを、物語の中で気づかせる。物語のストーリーはわかりやすく、意見が分かれるものを用意する。今回は、イソップ童話「アリとキリギリス」を題材とし、4つの結末(《1》不利益な人、困っている人を助け、共に生きる。《2》自分の裁量とアイディアで自己実現する。《3》自分のことは自分で考える自己責任。《4》自分で招いたことに対して手助けをする必要はない、つまり自業自得。)について、「どの結末がいいか」「なぜそれを選んだのか」「その結末にはどんな価値観が潜んでいるのか」を「価値」「コスト」「損得」をポイントにして考えさせる。ここでは子どもたちの直観的判断を大切にする。

2)「どの結末がいいか」について意見を共にするグループに分けて、「その結末がいい」と判断した理由について話し合わせ、結論が同じなのに、なぜ理由が違うのかについて討議させる。

3)「ウァーム国(worm 虫を意味する英語)をつくろう」というワークショップを行う。まず最初に、物語りの中のキャスト、誰(カマキリ、アリの奥さん、バッタ、トンボ、コガネムシ)を優先させた制度設計をしようと思うのかについて討議させる。この討議をもとに、さらに話し合いを進め、理想の年金制度はどんな制度なのかをまとめる。なお、ロールズの「無知のヴェール」の仮定のもとでは、自分が将来どういう存在になるのかについても無知なため、自分が最も不遇な層になるかもしれないリスクを想定して、結果的に最も不遇な層の利益を最大限にするような選択をする。このことで社会的に公正な結論に落ち着くという原理を生徒たちに理解させる。

3.評価・まとめ

これまで学んだことを振り返りながら、外国の年金制度や国会議論、有識者の年金改革案を生徒たち に評価させる。その際、いくつかの考察ポイントを予め示唆しておく。公的年金を事例としながら、社会の制度を設計する面白さと難しさを実感させる。

「教えるプロ」の真髄

複雑な年金制度を理解させるために、ついつい言葉での説明が多くなります。専門用語ばかりで言葉という資源の乏しい子どもたちが授業に参加することが困難になってしまうようでは、失敗といわざるを得ません。全員に興味を抱かせるように、そして難しいことを簡潔なボキャブラリーで理解させるためには、参加型の授業を設計することが何よりも肝心です。奥田先生が年金授業の最後に置いたのがワークショップでした。奥田先生は「アリとキリギリスのウァーム国でも、少子高齢化が進んでいます」と話を進めました。その上で、「それに備えて、ウァーム政府では、公的年金制度を導入しようと準備をはじめました。ウァーム政府はすでに公的年金制度を実施している国からアドバイスを受けたいと思っています。そこで年金制度を学んだ君たちからもいい意見がもらえないかと願っているようです」と呼びかけました。さらに続けて奥田先生は、「会議で制度を決めたのち、自分の決めたことは忘れて、次の日からウァーム国の住民になるという未知の世界に入ってください」と指示しました。「無知のヴェール」を被ってくださいというわけです。

このようにイメージしやすい素材を使い、自分のことと照らし合わせて考えやすいよう工夫し、グループ別に意見交換を行い議論させ、おたがいの考えを深めあい、最後に、ワークショップでまとめる。奥田先生の授業の達人ぶりに堪能させられました。

取材を終えて

奥田先生は、「最初は自己責任が浸透してしまっているが、年金制度は『助け合い』、つまり他者のことを考えることが大事であることに生徒たちは次第に気づいてきました。」と、ご自分の授業体験を振り返って語っておられました。公的年金問題を教えるのに、社会保険庁の不祥事に触れて伝えなければならない情けなさを、奥田先生もきっと感じておられたことでしょう。政府が信頼できない国って、恥ずかしい限りです。

泉美智子
子どもの経済教育研究室代表。
経済絵本作家として活動しながら私立大学(子どもの生活経済論)の講師を務める。主な著書に「調べてみようお金の動き」岩波書店、「はじめまして!10歳からの経済学」ゆまに書房、「日本経済学園指定教科書」日本経済新聞出版社ほか。児童文学者協会会員。

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