金融庁報告書の「老後に2,000万円不足」が話題になり、公的年金への関心が高まっています。
一般の人対象のセミナーでも、既に年金を受給している人は勿論のこと、まだ現役で老後の年金受給までに10年以上ある人から質問を受けることも増えました。時間が許す限り、丁寧にお答えすることを心がけていますが、正しく伝わったか気になるときもあります。何故なら、マスコミなどの情報を断片的に受け止めている人に理解してもらうには複雑すぎることも多いからです。
年金で多い質問は次の3つ。①私の年金はいつからいくらもらえるのか(男女共) ②在職老齢年金(男性)と遺族年金(女性)について ③夫婦における加算とはです。今回は2019年末までに結論が出るとされる(2019年6月21日閣議決定・経済財政運営と改革の基本方針2019~「令和」新時代「society5.0」への挑戦~(以下骨太の方針2019)の年金分野のうち、皆さんが関心のある「在職老齢年金」と「繰下げ制度」についてお話します。まず基本を理解したら、次は自分の場合はどうなのか、受給要件を確認することが大切です。
年金制度改革 ~在職老齢年金は廃止も展望した見直し~
在職老齢年金額は、年金と報酬等で決まります。つまり年金と報酬等が高額だと年金が調整(減額)されるしくみです。そのため働いても年金額が減る人もおり不満もありました。そこで働く意欲をなくさせないという視点から「将来的な制度の廃止を展望しつつ、社会保障審議会での議論を経て、速やかに制度の見直しを行う」と骨太の方針で明記しています。
在職老齢年金は、60歳台前半と後半ではしくみが異なります。男女の支給開始年齢から判断すると、将来的に60歳台後半が対象なので、繰下げの改正と合わせた見方が必要になります。
厚生年金の受給開始年齢 (共済組合からの年金は男女とも男性の生年月日で見る)
60歳台前半と後半ではしくみが異なる在職老齢年金を少し詳しくみてみます
<60歳台前半>
{①年金(月)+②報酬等(1年以内の賞与÷12月含)}が28万円以下なら年金は全額支給
{①+②}が28万円を超えると、超えた分の2分の1が年金より減額
{①+②}が47万円を超えると、超えた分が更に年金から減額※報酬は、その月の標準報酬月額
<60歳台後半>
{①+②}が47万円以下なら年金は全額支給
{①+②}が47万円を超えると超えた分が年金から減額
つまり、65歳以上はかなりの報酬等や年金額を受給している人が減額の対象です。
65歳以降も働く人が増えている
なお、平成29年度末の受給権者は前年度末に比べ25.3万人(6.9%)増えており、60歳台前半は同レベルですが、60歳台後半は228.5万人と前年度204万人から24.5万人(12%)増えています。つまり、最近の傾向として、65歳以降も働く人が増えているのが分かります。
受給権者数 | 受給者数 | |||||
総数 | 男子 | 女子 | 総数 | 男子 | 女子 | |
平成28年度 | 364.1 (204) |
235.8 (144.3) |
128.3 (59.7) |
319.8 (202.6) |
206.8 (143.8) |
113 (58.8) |
平成29年度 | 389.4 (228.5) |
249.1 (161.1) |
140.3 (67.3) |
345.7 (227.1) |
221.6 (160.6) |
124.1 (66.5) |
※厚生年金保険・国民年金事業の概況平成29年度
注1.老齢給付(老齢年金及び通算老齢年金・25 年未満)の受給権者及び受給者を計上している。 2.在職者とは、 ① 厚生年金保険の被保険者 ② 適用事業所に使用される 70 歳以上の者(平成 26 年度以前は、昭和 12 年 4 月 2 日以降 生まれの者に限る) ③ 国会議員もしくは地方公共団体の議会の議員(平成 27 年度以降に限る) である老齢給付の受給権者及び受給者である。 3.( )内の数値は、65 歳以上の新法老齢厚生年金受給権者数及び受給者数(旧共済組合を除く)である。 ただし、平成 26 年度以前は、昭和 12 年 4 月 2 日以降生まれの者に限る。
繰下げ制度の基礎
最近、多くいただく質問が「繰下げした方がお得?」です。この答えが難しい。何故なら、加入した年金や加入期間、生年月日、健康状態や経済状態、単身か、夫婦か等で微妙に異なるからです。
繰下げ制度は、本来65歳から受給できる年金を66歳から70歳までの間の任意の時期からに受給開始を遅くできる制度です。請求をひと月遅くするごとに0.7%年金額が増えます(昭和16年4月2日以降生)。これが「骨太の方針2019年」により、70歳以降も選択可能になります。受給率や何歳まで遅らせることが可能かは今後決まります。
自分の年金だけ考慮すれば良い単身者の繰下げは分かりやすいが、夫婦の場合は少し複雑です。以下は、A男さん(昭和34年4月2日生まれ厚生年金40年、60歳で退職)妻B子さん(昭和37年4月2日生まれ57歳・専業主婦)の事例です。
年金額は平成31年度(万円未満四捨五入)
本来の受給のイメージ
A男さんが厚生年金を70歳まで繰下げた場合
<主なポイント>
- 事例は夫の老齢厚生年金を繰下げました。仮に夫が67歳で繰下げ請求した場合、夫の老齢厚生年金額は0.7×24月=16.8(%)増になりますが、夫67歳から妻が65歳になるまで支給される加給年金額は増えません。なお、振替加算も老齢基礎年金とセットで繰下げです。仮に事例の妻が70歳で繰下げ請求した場合、妻の老齢基礎年金額は0.7×60月=42(%)増になりますが、振替加算は増えません。
- 厚生年金基金の加入期間がある場合は、代行部分も繰下げされるので基金に連絡します。
- 仮に、A男さんがさらに働き65歳以降も在職中で年金の停止額がある場合、繰下げの増率の対象は停止額を控除した額です。
- 老齢厚生年金と老齢厚生年金両方繰下げも可能。老齢厚生年金または老齢基礎年金のみ繰下げも可能です。働き方や世帯の年金状況等で判断してください。
- 併せて医療・介護等の保険料や治療・サービスを受けるときの負担や税金などの考慮したトータルの視点も必要です。
繰下げ受給率は概ね1%台で推移
平成29年度の老齢厚生年金の繰下げ受給率は0.7%、平成28年度以前は老齢基礎年金のみの繰下げ者を含んでいるため繰下げ受給率は1.2~1.1%で推移したので、概ね1%台で推移としています。長寿化の不安があるとは言え、年金を遅く受給できる人はそんなに多くはない現実も見えてきます。参考までに、平成28年度以前を含めた繰上げ受給率はほぼ0.1%で推移。
総数 | |||||||
繰上げ | 本来 | 繰下げ | |||||
受給率 | 受給率 | 受給率 | |||||
平成29年度 | 25,296,195人 | 59,898人 | 0.20% | 25,069,286人 | 99.10% | 167,011人 | 0.70% |
※厚生年金保険・国民年金事業の概況平成29年度
なお、朗報なのは、国は70歳までの就業機会の確保に伴い、現在65歳からとなっている支給開始年齢の引き上げは行わず、働きたい人を応援する方向であることです。今私たちにできることは、イザそのときに年金の窓口に疑問点をお聞きできるようにしておくことでしょう。複雑な年金のしくみを高齢になってから理解するのは大変と言うことも分かりますね。単に受給を遅くすれば金額が増えるからお得でなく、我が家の生き方、資産状況など考慮した働き方と備えを今から身につけてみませんか。