終末期の医療をどこで受けたいか ~最期を迎えたい場所も病気の状態で変わる~

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最期を迎えたい場所も病気の状態で変わる

私は40代で母と父を相次いで亡くしました。両親の介護を通じ、特に「最期まで自分らしくありたい生き方」に執着した母からいろんなことを学びました。「最期は自宅で迎えたい」という母の意思を叶えることができた体験を経て、成年後見制度に興味を持ち社会福祉士の資格を取得、現在、成年後見人として複数受任しています。

私が受任した人のうち既に亡くなった人は、認知症・精神疾患とそれぞれ状況は異なりますが、皆自宅で最期を迎えられませんでした。亡くなるまでのその人の生き方、親族の有無、経済的理由などで、自宅で最期を迎えられる人はごく一部の人だけになったとしみじみと思います。

先日、マッサージ業者から届いた手紙には、今まで高齢者施設に訪問して入居者にマッサージしていた人が人手不足で9月から訪問中止とありました。また、介護職員は少しずつ増えていますが、高齢者・高齢者施設も増えており、依然として介護職員は不足しています。

以前にも最期まで自宅で迎えるには多くの壁がある旨書きましたが、家族間の話し合いは依然として進んでいる様子が見られないため、厚生労働省の統計などを参考に今回再度取り上げてみました。

主な介護者は、要介護者等と「同居」が58.7%、配偶者が25.2%

主な介護者は同居が58.7%、配偶者が約25%、かつ女性が66%、介護する立場がのしかかる女性が男性より現実的な意識になるのも止むを得ないと言えましょう。

同居の主な介護者と要介護者等の組み合わせを年齢別にみると、70~79歳の要介護者等では、70~79歳が介護している割合が48.4%、80~89歳の要介護者等では、「50~59歳」が介護している割合が32.9%となっています。年次推移でも、同年代同士で介護している組み合わせが増加傾向にあります。

要介護者等と主な介護者の年齢別の割合
同居の主な
介護者の年齢
要介護者等
40~64歳 65~69歳 70~79歳 80~89歳 90歳以上
50~59歳 31.3% 2.9% 8.6% 32.9% 10.8%
60~69歳 35.7% 62.0% 13.1% 22.6% 63.2%
70~79歳 11.3% 14.7% 48.4% 15.2% 14.4%
80歳以上 9.6% 0.2% 12.4% 23.4% 8.8%

国民生活基礎調査 平成28年

どこで終末期の医療を受けたいかは、病気の状態で異なる

「最期は自宅で迎えたい」の内容をさらにみていくと、終末期の医療をどこでうけたいか、も病気によって異なることがわかる統計が以下のように出ています(厚生労働省)。

末期がんと診断され、食事は取りにくいが意識や判断能力は健康なときと同様に保たれているケースでは「自宅」が47.4%、認知症が進行してかなり衰弱が進んでいるケースでは「介護施設」が51.0%、重度の心臓病だが意識や判断能力が健康なときと同様のケースでは「病院」が48.0%となっています。病気の状態で自宅での介護に限界があることが分かります。私の母の場合も末期がんだったので最期を自宅で過ごすことができたのでしょう。

人生の最終段階における医療に関する意識調査 平成30年3月 厚生労働省

終末期の医療などについて家族と話しあったことがない人が55.1%

驚くことに、最期を迎えたい場所について7割が「家族の負担」を考慮しているにも関わらず、終末期の医療などについて家族と話し合ったことがない人が55.1%もいるという調査結果があります。

詳しく話し合っている 一応話し合っている 話し合ったことはない 無回答
2.7% 36.8% 55.1% 5.4%

人生の最終段階における医療に関する意識調査 平成30年3月 厚生労働

最期を迎えたい場所を考慮するとき重視すること
家族などの負担にならない 体や心の苦痛なく過ごせる 経済的な負担が少ない 自分らしくいられる 家族等と十分時間が過ごせる
73.3% 57.1% 55.2% 46.6% 41.6%

人生の最終段階における医療に関する意識調査 平成30年3月 厚生労働

人はいつか必ず終末期を迎えますが、不安を抱えつつ何も対策をしていない人が如何に多いか見えてきます。話し合いの大切さは分かっていても、いつでも話し合えるという家族の意識が、重い話題に触れるタイミングを逃しているのかもしれませんね。

なお、施設などに入居(入所)している人で親族がいる人でも、日頃の面会もなく最期のときも駆けつけないケースがあるそうです。非情と片づけるのは簡単ですが、事情をお聞きするとそれまでの関わり方から無理もないこともあります。

逆に私が支援した人は、単身で自宅は既になく、高齢者施設から入院後まもなく亡くなりました。施設職員も何度も面会に訪れ、私も20日程の間に7回面会できました。医師から終末期の医療の受け方の説明も受け、最期は自宅ではありませんでしたが、穏やかな看取りができました。いろんな人生の閉じ方があるのですね。要は、生き方は人それぞれ、置かれた場所で精一杯生きられたら幸せと言えるでしょう。